My only SantaClaus







「さて、と」

 ホットケーキよりも黄色く大きな月の浮かぶ夜の中、少年は大きな地図を広げる。

 同時に取り出した一枚の紙にはたくさんの名前がリストにされていて、だがそれもほとんどが線で消されて残るは一人のみ

だった。

「────エリシア・ヒューズ、三歳か」

 最後の一人の名前を呟き、少年は地図を確かめる。

 その名前には覚えがあって、昨年地図につけた赤い丸とリストの住所はあっさりと照合できた。

 少年はそれに小さく頷くと、地図とリストを折りたたんで愛用の赤いコートのポケットにしまい込む。

 そして傍らに置いてあった白い大きな袋を担ぎ直すと、屋根の上を音もさせずに走り始めた。

 クリスマスイブのイーストシティ。

 少年の姿に気づく者は、不思議と誰もいなかった。






 少年の名前はエドワード・エルリック、世に言うサンタクロースだ。

 だがエドがサンタだと知るものは彼の師匠と弟、そして幼馴染とその祖母だけだった。

 実は世の中には大勢のサンタクロースがいるらしいが、エドは師匠以外のサンタクロースの存在を知らない。

 だが反対に、ほとんどのサンタクロースはエドのことを知っていた。

 三年前、史上最年少でサンタクロースになった少年は、今でも最年少のサンタクロースとしてその優秀な仕事ぶりが噂に

なっている。

 だがそれも現在修行中の彼の弟がサンタクロースになればあっさりと消える噂なのだと、エドはのんきに考えていた。

 サンタクロースとはいうものの、エドは自分の存在が他の人間とはあまり変わらないと思っていた。

 ただ人よりも少し身軽で、クリスマスイブの夜になれば屋根の上を走っていても見つかりにくくなるだけだ。

 それ以外は本当に、何の変哲もない普通の人間だ。

 だが一つだけ、エドには他のサンタクロースにはない特技を持っていた。

 そしてそれこそが、エドが優秀な仕事をするという噂の元にもなっていた。






「んっと、ここ、だよな」

 ヒューズ家の屋根の上に立ち、エドは白い袋を肩から下ろす。

 昨年の同じ日に訪れた家を思い出し、エリシアの部屋の上へと移動するとエドは勢いよく両手を合わせる。

 そして屋根の上へと手をつけば、青白い錬成光と共に屋根に扉が出現した。

「よっし、と」

 自らの作成した扉に満足そうに頷いて、エドは袋を片手に家の中へと忍び込む。

 エドが優秀と言われるのはこの錬金術が大きな理由で、このためにエドは仕事上の失敗が少ないからだ。

 音もなく床に飛び降りたエドは、やはり気配を殺して部屋の隅にあるベッドへと近づいていく。

 この分なら今年も無事に仕事が終わりそうだった。

 だがベッドへと近づくにつれ、エドの心に不安がよぎる。

 ────なんか、三歳児にしてはおっきくないか?

 ベッドの上の毛布の山がなんとなく大きく見え、エドは眉を寄せて歩みを緩める。

 だがそれもぬいぐるみか何かのせいだと納得させてベッドの脇に近づいて、そうして思わず呟いた。

「────げ」

 見下ろす先では黒い髪の男性が安らかな寝息を立てていた。

 エドは漏れ出た声を取り戻すように口元を押さえると、内心でひどく焦った声を出す。

 ────なんで、大人が寝てるんだ!?

 と、その声が聞こえたわけでもないだろうが、男は突然ぱちりと目を開いた。

「げげ」

 さらに漏らした声と突然目の前に現れた顔に眉を顰め、男はベッドの上に半身を起こす。

 そして前髪をかき上げながら、エドに向かって口を開いた。

「君は………」

 何者だと言わんばかりの口調に、エドは生来の負けん気で堂々と答えた。

「サンタクロース!」

 それがどうしたと言わんばかりのエドの口調に、男は微かに目を見開く。

 エド自身何度か同じような場面に遭遇してきたが、この場はこう言うのが一番だと知っている。

 エドの外見に疑わしそうな人々は、クリスマスイブのその言葉に冗談だと思ってくれるのだ。

 本物だと信じてもらえないのは少し寂しいけれど、それでも穏便に済ませようとそう答えれば、意外にも男は笑いながら言って

きた。

「驚いたな………本物のサンタクロースなんて初めて会ったよ」

 冗談ではなくそう言ってくる男に、今度はエドが目を見開く。

 これまでそんな風に返してきた人間などいないのだ。

 初めてのことに混乱するエドに、男はそれでと問いかけてきた。

「そのサンタクロースが、どうして私のところに?いい子にしてたから、プレゼントでももらえるのかな?」

 今度は少しばかりからかう口調の男に、エドははっとして口を開いた。

「って、そうだよ!なんであんたがここに寝てるんだ!?ここ、エリシアの部屋のはずじゃ………っ、むー!」

「しー」

 思わず大きくなりかけた声に、男はエドの口を押さえる。

「静かに。皆寝ているからね」

「っ………」

 男の言うことはもっともで、エドはコクコク頷くとその手を外させようとする。

 そうしてやっと外れた手に、赤い顔を隠そうとして視線を逸らせれば、男は淡々と告げてきた。

「なるほど、エリシアと間違えたのか………エリシアの部屋はね、つい一週間前に移動したんだよ。この部屋の斜め向かいの

部屋だ。今この部屋は客間になっている」

「え、あー、そうなんだ」

 それならば間違えたのは自分の方だ。

 エドはバツの悪そうな顔になると、それでもとりあえずと男に告げた。

「っと、後で改めて謝るけど、ゴメン。とりあえずオレ、エリシアにプレゼント置いてこなくちゃ」

 夜は長いとはいえ、これが最後の配達だから夜が明けないうちに置いてこなくてはまずいだろう。

 そう思って男をちらりと見つめれば、男は微笑みながらエドに言った。

「ああ。がんばっておいで」

 そんな風に微笑みながら送り出され、エドはトクリと鼓動を弾ませながらエリシアの部屋へと向かった。






 プレゼントを置いて先ほどの部屋に戻ると、男はベッドサイドのランプをつけ、ガウンを着こんでベッドの端に腰掛けてエドを

待っていた。

「無事に置いてこれたかい?」

「あ、うん………ありがと」

 ふわりと微笑みを向けられて、どこから用意したのかお茶を差し出してくる男にエドは調子を狂わされる。

 だがもらったお茶を一口飲み、ほっと息を吐くと本来の用件を思い出して男に言った。

「あんたさあ」

「ストップ」

 出鼻をくじかれ、エドはきょとんとする。

 すると男は苦笑をしながらエドに言った。

「ロイだよ。ロイ・マスタング。この家の主のヒューズの友だちで、大佐だ」

「え、ああ」

 たしかに『あんた』じゃ失礼かと、エドは頷く。

 だがなぜか『ロイ』と呼ぶのは気恥ずかしく、考えた末にエドは言った。

「大佐、なんか欲しいものでもある?」

「ん?」

 突然の質問に、ロイは首を傾げる。

 と、エドもこれではわからないかと考えたのか、言い直した。

「や、間違えて起こして迷惑かけただろ?しかもオレ、サンタだってバレたし。こういう場合は何か一つ、プレゼントをしなきゃ

いけないんだよ」

「相手が大人でも?」

「うん」

 知ってはいても使ったことのない決まりに、エドは頷く。

 そんなエドの真面目な表情に、ロイもまた真面目な顔をして考え始めた。

「欲しいもの、ねえ………」

 何かあっただろうかと考えるロイに、エドは慌ててつけ加える。

「あ、でも!悪いけどオレのできる範囲でだからな!国が欲しいとかは無理だから!」

 かつてそんなことを言った人間がいたのだと聞いたことがあるからそう言えば、ロイはあっさりと言ってきた。

「ああ、それはいつか自分で手に入れるからいいんだ」

「あんた………」

 そのあまりにもあっさりとした口調に、もしかしたら自分はとんでもない人間に見つかってしまったのかと後悔しかける。

 するとロイはそんなエドを上から下までじっと見つめ、ポツリと呟いた。

「それにしても、そんな格好で言われても気分が出ないな」

「は?」

 一体何を言い出すのかとロイを見つめれば、ロイは肩をすくめて言ってきた。

「いや、サンタクロースと言えばお決まりの格好があるだろう?それともあれは、こちらで勝手に決めた想像なのかな?」

「や、あれは、そのー」

 ロイの言うお決まりの衣装というのはエドもわかる。

 そしてそれは実際にサンタクロースの制服とも言える衣装だった。

 だが今のエドは黒の上下に黒のブーツ、そして赤いコートというどこにでもありそうな格好だった。

 エドはロイの視線での問いかけに、うなりながらも答えらしきものを返す。

「高いんだよ、あれ………でもオレ、まだ成長期だから!」

「ああ」

 要するにただでさえ高い衣装を成長期のエドに合わせて作り変えればもっと高くなると、そういう意味なのだろう。

 エドの言葉からそう理解したロイは、ならばと微笑んで言ってきた。

「それなら、ちょうどいいのがあるから着てみないかい?もちろん、君たちのに比べれば安物だろうけど」

「うっそ、マジ!?」

 まだ一度も袖を通したことのない衣装に憧れを持っていたエドは、ロイの言葉に瞳を輝かせる。

 するとロイは、そんなエドに微笑みながら言った。

「ああ。私としても、その方が願い事を言いやすくなるかもしれないしね」






 ロイの取り出した赤い衣装は、すべらかな手触りとしっかりとしたぬくもりを持つものだった。

 安物だとロイは言ったが、そうでもないのだろう。

 だが嬉しそうにそれを着たエドは、次の瞬間目の前に座る男をにらみつけると低い声で呼びかける。

「たー、いー、さー」

「なんだい?」

 ニコニコと自分を見つめる男に、エドは怒りに任せて怒鳴りつけた。

 ただし小声で。

「なんだい、じゃないだろーが!なんだよこれ!女物じゃないかー!」

 だまされた!と言うエドが着ているのは、女性用のサンタクロースの衣装だった。

 一度だけ師匠に見せてもらった本物の女性用の衣装と違い、それはずい分とかわいらしいデザインになっている。

 膝上までの丈のワンピースはスカート部分がフレアになり、大きな襟と胸元の黒い革紐の編上げが特徴的だった。

 真っ赤な色とところどころを飾る真っ白なファー、それにこれだけは普通の三角帽子がなければ普通のワンピースとして通用する

ほどだ。

 エドは自分が今しているだろう格好を想像すると、めまいを起こしそうになってしまう。

「似合っているけれどね」

「………」

 飄々とロイが告げるから余計にだ。

 が、ロイの言葉にたっぷりと脱力したエドに苦笑をしたロイは、さすがに悪いと思ったのかもう一着を取り出してみせた。

「悪かったよ。実はもう一着、あるんだがね」

「………男物?」

 ジト目で見つめてくるエドに、ロイは今度は子供用だということは伏せて頷いた。

「ああ」

「────着る」

 手を伸ばして受け取って、着替えてみれば今度は本物と遜色のないサンタクロースの衣装だった。

 エドは赤い衣装に身を包む自らの姿を満足そうに見下ろすと、照れたように笑ってロイに礼を告げる。

「へへ、ありがと」

 そうして嬉しそうに袖を引っ張ったり襟を直したりするエドを、ロイは目を細めて見つめていた。

 まるで愛しい者を見るように。

 だがそれに気がつくこともなく、エドはじゃあ、と口調を改めて尋ねてきた。

「改めて訊くけど。欲しいもの、何かない?」

「────そうだね」

 ニセモノの衣装に身を包み、本物のサンタクロースがロイに尋ねる。

 ロイはそんな状況に小さく笑みを漏らすと、それじゃあと言ってきた。

「一つだけ、いいかな」

「うん。何?」

 衣装も着せてもらったし、と上機嫌で促せば、ロイは微笑みながら言った。

「恋人がね、欲しいんだ」

「………え?」My only SantaClaus
 突然のロイの言葉に、エドの表情が思わず固まる。

 それでもすぐに持ち直すと、からかうようにロイに言った。

「ってか『恋人』って、モノじゃないし。それにあんたみたいな人間が、恋人いないの?」

 でなきゃクリスマスに友だちの家なんかにいないか、と笑いながら言うエドに、ロイはそうなんだけどねと頷いた。

「新年は一緒に過ごしたいから、ぜひね。できれば、サンタクロースの恋人を」

「………」

 微笑みに紛らせて、それでも真剣に言うロイの言葉に、エドは言葉を失う。

「………でもオレ、あんまり知り合いとかいないから紹介できねーし」

 震える声でそう言えば、ロイはエドの手にそっと手を添えて囁いた。

「紹介は、いらないよ。私が欲しいのは君だから」

「っ………」

 告げられた言葉に、向けられた本気に、エドは息を飲む。

「でも………でもオレ、男だし!」

「見ればわかるよ?」なんでもないことのようにロイは言う。

「それに………出会ったばっかだ」

 欲しいと言われる理由がわからないとエドが言えば、ここで初めてロイが言葉を詰まらせた。

「大佐?」

 その表情に何かあるのだと感じ取ったエドが促せば、ロイは束の間視線をさまよわせた後でポツリと告白した。

「実は………何度か、街で見てるんだ」

「………うそ」

「本当」

 クリスマスの日のために、エドは何度も街を歩いている。

 そのときに見かけられた可能性はゼロではない。

 呆然とするエドに、ロイはそれにと続けたい言葉を飲み込んで尋ねた。

「どうかな?私の欲しいものは、手に入りそうかな?」

 添えた手をそっと包み込むように握り締めて尋ねれば、エドは顔を真っ赤に染めてうつむいてしまう。

 実はその街で、エドもまたロイを何度も見かけていたのだと告白したら、ロイはどんな顔をするのだろう。

 エドは不安そうに自分を見つめてくるロイの顔をチラリと見つめると、ぶっきらぼうな口調でロイに告げた。

「────サンタクロースの、プレゼントだぞ。大事にしろよ!」

 そんな風に小さな声で与えられた許可にロイは微笑み、そして彼はプレゼントを腕の中に閉じ込めた。







 傍らで小さな寝息を立てる少年に、ロイは口付ける。

 本当は昨年のクリスマス、エリシアの元にプレゼントを届けた彼に一目惚れしたのが始まりだった。

 かすかな人の気配に賊でも入ったのかとドアの隙間から覗き込めば、エドが嬉しそうな、そして幸せそうな顔をしてエリシアの

寝顔を見つめていたのだ。

 そのプレゼントは結局、ヒューズやグレイシアにはロイからだと納得されてしまったのだが、自分だけは真実を知っていた。

「────実は待っていたんだと知ったら、君は怒るかな?」

 それ以来偶然に街中で見かけても話しかけたいのを堪えて堪えて、今日まで待っていた。

 その甲斐あって、明日にはヒューズ夫妻にプレゼントを自慢できそうだ。

「クリスマスにサンタクロースから恋人をもらったなんて、私くらいのものだろうね」

 くすくすと笑いながら毛布を引き上げ、ロイは恋人の裸の肩をすっぽりと覆う。

 そして再びエドの口唇に口付けると、彼もまた目を閉じた。

「おやすみ、エドワード」

 教えてもらったばかりの彼の名前もまた、ロイにとってはプレゼントの一つだった。

 クリスマスの朝は、もうすぐそこまでやってきていた。














                                                   『S-TOWER』『秘蜜の花園』合同企画
                                                             フリーSS+イラスト








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                  「S-TOWER」 様、「秘蜜の花園」 様合同企画による
                  2004 ロイ×エドXmas 企画にて頂きましたロイエド フリーSS+イラスト
                  です。
                  サンタエド〜〜 vv(萌)
                  いつも通っているのに今日の今日までこの企画に気が付かず、
                  公開最終日に頂いてくるという自分の不甲斐なさに涙が出ます。(泣)

                  高塔さま、里見さま、有難うございました。